ヌリティヤ nṛtya नृत्य ちょこっとサンスクリット語
ヌリティヤ(nṛtya)はダンスをあらわす最も一般的な言葉です。語根は√nṛt(踊る)。
nṛは「人間」。nara——na(生きものが)ra(動く)——の圧縮形です。naraは「動物」全般をさす言葉でしたが、のちに「人間」に限定されるようになりました。
そして、nṛpaで「王」。この場合の-paはpati(主)、またはpāla(守護者)の略。人々の主・守護者で「王」は納得ですね。
では、nṛtの-tは何なのでしょう? これがわかれば、√nṛt——「踊る」ことの原イメージがつかめます。
nṛ-√taḍ(打つ)であれば、「ヒトがリズムを打つ」。
nṛ-tad(それ/神)であれば、「ヒトが神となる」。
サンスクリット語が俗語化してゆく過程のひとつに、母音 ṛ を失い、それを a で代替するというのがあります。また、歯音(t,dの類い)が反舌音(ṭ,ḍの類い)化するという現象も見られます。
サンスクリット語根√nṛt は自然に俗語の√naṭ(踊る)という形に変わってゆき、それがまたサンスクリットに吸収されました。
そうして、naṭa(ダンサー、俳優)という言葉が生まれます。そう、ナタラージャ(Naṭa-rāja;「ダンサーの王」で、ダンシング・シヴァ)のナタ。
インドの伝統は、シヴァ神にダンスの起源を求めています。
太初、地平線は吼え、嵐は吹きすさび、大洋は荒れくるい、山岳は震え、大地は揺れていた。
そのとき、シヴァが、ダマル(でんでん太鼓)を持って出現した。彼は躍った。
ダマルでビートを打ち出し、凶暴な空と海、すべての狂奔な自然の上にステップを踏んで踊った。
狂騒な音は音節の規律に、宇宙的渾沌は秩序だった運動にセットされた。
そのプロセスのなかで、リズムとメロディーと詞が発展していった……
この場合の「ステップを踏んで踊った」は、nṛ-√taḍ(ヒトがリズムを打つ)ですね。シヴァの跳躍し、足を踏みならして躍る狂奔なダンス、ターンダヴァ(tāṇḍava)は√taḍが発展した語です。
ステップは、いまだインドのすべての古典舞踊で大きな尊崇を集めています。そして伝統は、最初の舞踊家、最初の言語(文法)学者として、シヴァを礼讃します。
また、naṭaからは、nāṭya(ダンス)という重要な語が派生してきます。そう、南インド、タミルナードゥ州の古典舞踊バラタナーティヤム(Bharata-nāṭyam)のナーティヤ。
2000年も前、バラタという仙人がシヴァ神からインスピレーションを得、『ナーティヤ・シャーストラ』(Nāṭya-śāstra;舞踊演劇論)という本を著しました。もっとも現形成立は1000年ほど前。ちょうどタミルナードゥの寺院儀礼(プージャー)の一つとして、ダンスが正式採用されたころ。
そのタミルの、おもに聖典シヴァ派の寺院で演じられるダンスがバラタナーティヤムで、バラタ仙の法則にのっとった最も正統なるナーティヤ、の自負がこめられています。
神前で舞うダンサー(おもに女性)は、自らが神に成らなければなりません。「おのれが神であるからこそ、神を礼拝できる」が聖典シヴァ派の確信です。そうであれば、nṛ-tad(ヒトが神となる)。
ダンサーは身分的にはシュードラですが、バラモンたちにも神の顕現として礼拝されたということです。
最初のnṛtyaに戻れば、ネパール・カトマンドゥの密教徒たちにチャリヤー・ヌリティヤが伝承されています。「密教の行法(caryā)としてのダンス(nṛtya)」の意でしょうか。
密教の聖典に、「[土壇に描く]マンダラが完成すると、阿闍梨(ācārya;グル)はホトケに成ってその周囲で舞う」とありますから、そうした行法が1000年以上も続けられてきたのでしょう。
- at 09:07
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